良かったね。辛坊治郎さん。遭難してあの場所から還って来れたのは、自衛隊のおかげだよ。 [日記]
テレビのキャスターの 辛坊治郎氏 が、またヨットで大平洋横断に挑戦するようだね。
還暦になる来年には引退して来年に再挑戦をすると表明したらしい。
前回、13年に挑戦したときには、途中で遭難して海上自衛隊に救助されている。
場所は、あの房総半島、野嶋崎沖だ。
だんぴあ丸と尾道丸の話で有名な魔の海域。
遭難した場所が、絶望的な場所で日本以外の場所なら、この人は命を落としていただろうね。
この人がまだ生きているのは、日本に自衛隊がいたからで、救難飛行艇のUS-2という機体が有ったからだ、それがどちらかが欠けてもこの人は生きていなかっただろう。
遭難した場所は、日本本土から 1000キロ以上離れて居るためヘリコプターでは航続距離が足りない。
船で行けば一週間はかかり、生存は難しかっただろう。
そこで自衛隊のUS-2である。
新明和工業製
救難飛行艇US-2
最高速度580キロ
航続距離4700キロ
この飛行艇は世界最高性能の飛行艇で波高3Mで着水可能だ。
世界広しと言えども波の高さ3Mで着水可能な飛行艇はこの機体以外に存在しない。
更に言うならば、この状況で現場まで飛行し、着水し、救助するのはこの機体以外は不可能だった。
もっと悪い事に、この日遭難現場は、波高4Mの波が立っていたようだ。
海上自衛隊は2機のUS-2を派遣する。まず一機が現場に到着し、上空を旋回するも救助困難と判断して後続機と交代。
後続機のパイロットは何とか行けると判断し、着水を敢行。着水に成功し、辛坊氏と他一名を救助して帰還した。
還って来た辛坊治郎氏は、計画が杜撰だ、ヨットの整備が不良だ、救助費用をちゃんと払えと批判が集中した。
また、再挑戦するというのは私は
個人的にはどうかと思うんだけど・・・
最後に、US-2はあの着水時に4発付いているエンジンの内、1発を破損して帰りは3発のエンジンで還って来た。
着水がどれだけ過酷なものだったのかがわかるだろう。
非常に過酷な状況で乗員11名の命を懸けて使命を全うしたのだ。
ある政府の高官は、今回の事故は自衛隊とUS-2のいい宣伝になったと発言したらしい。
何もわかって無いよね、この人は。
この事故の話をする時、まず飛行艇US-2の性能が凄いという話になる。
だけど、辛坊治郎氏の遭難事故を語る時、この話の肝は飛行艇の性能ではない。
それは、この飛行艇を使い命をかけて救助にあたった無名の自衛隊員達の心根なのだと思うよ。
事故の後、隊員にインタビューした所、自分達は任務を果たしただけなので・・と多くを語らなかったらしい。
この事故の後、辛坊治郎さんが泣きながら自衛隊の方々には感謝するってインタビューしてたのを覚えてる。
私も涙が零れた。
辛坊治郎さんに対してじゃないよ。
自衛隊の隊員の心根を思って、ありがとうってね。
再挑戦するならば今度は自力でちゃんと還って来て欲しいよね。折角一度助かった命なのだからさ。
拙いブログ読んでくれて
ありがとう。
それでは、またね。
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還暦になる来年には引退して来年に再挑戦をすると表明したらしい。
前回、13年に挑戦したときには、途中で遭難して海上自衛隊に救助されている。
場所は、あの房総半島、野嶋崎沖だ。
だんぴあ丸と尾道丸の話で有名な魔の海域。
遭難した場所が、絶望的な場所で日本以外の場所なら、この人は命を落としていただろうね。
この人がまだ生きているのは、日本に自衛隊がいたからで、救難飛行艇のUS-2という機体が有ったからだ、それがどちらかが欠けてもこの人は生きていなかっただろう。
遭難した場所は、日本本土から 1000キロ以上離れて居るためヘリコプターでは航続距離が足りない。
船で行けば一週間はかかり、生存は難しかっただろう。
そこで自衛隊のUS-2である。
新明和工業製
救難飛行艇US-2
最高速度580キロ
航続距離4700キロ
この飛行艇は世界最高性能の飛行艇で波高3Mで着水可能だ。
世界広しと言えども波の高さ3Mで着水可能な飛行艇はこの機体以外に存在しない。
更に言うならば、この状況で現場まで飛行し、着水し、救助するのはこの機体以外は不可能だった。
もっと悪い事に、この日遭難現場は、波高4Mの波が立っていたようだ。
海上自衛隊は2機のUS-2を派遣する。まず一機が現場に到着し、上空を旋回するも救助困難と判断して後続機と交代。
後続機のパイロットは何とか行けると判断し、着水を敢行。着水に成功し、辛坊氏と他一名を救助して帰還した。
還って来た辛坊治郎氏は、計画が杜撰だ、ヨットの整備が不良だ、救助費用をちゃんと払えと批判が集中した。
また、再挑戦するというのは私は
個人的にはどうかと思うんだけど・・・
最後に、US-2はあの着水時に4発付いているエンジンの内、1発を破損して帰りは3発のエンジンで還って来た。
着水がどれだけ過酷なものだったのかがわかるだろう。
非常に過酷な状況で乗員11名の命を懸けて使命を全うしたのだ。
ある政府の高官は、今回の事故は自衛隊とUS-2のいい宣伝になったと発言したらしい。
何もわかって無いよね、この人は。
この事故の話をする時、まず飛行艇US-2の性能が凄いという話になる。
だけど、辛坊治郎氏の遭難事故を語る時、この話の肝は飛行艇の性能ではない。
それは、この飛行艇を使い命をかけて救助にあたった無名の自衛隊員達の心根なのだと思うよ。
事故の後、隊員にインタビューした所、自分達は任務を果たしただけなので・・と多くを語らなかったらしい。
この事故の後、辛坊治郎さんが泣きながら自衛隊の方々には感謝するってインタビューしてたのを覚えてる。
私も涙が零れた。
辛坊治郎さんに対してじゃないよ。
自衛隊の隊員の心根を思って、ありがとうってね。
再挑戦するならば今度は自力でちゃんと還って来て欲しいよね。折角一度助かった命なのだからさ。
拙いブログ読んでくれて
ありがとう。
それでは、またね。
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